シェフ「ダニー・フェック」

シェフ「ダニー・フェック」

ダニー・フェック氏、日本でクレープ・レストランのシェフに

ブルターニュのクレープ・レストラン「「L'Autel de la Crepe(ロテル・ド・ラ・クレープ)」のシェフで、クレープ界の「ヌーヴェル・キュイジーヌ」との異名をとっていたダニー・フェック氏(以下ダニー)のクレープ&ガレットが、東京・目白のレストラン「Le Mont-St-Michel ル・モンサンミシェル」でも味わえることになりました。ダニーの「転身」は、ブルターニュでも、ちょっとしたニュースになり、いくつもの地方新聞紙に取り上げられました。以下は、掲載された何紙かの記事の要約です。

ダニーが、イレーヌ夫人と共に経営していたブルターニュ・ランヴレック市内のクレープ・レストラン「L'Autel de la Crepe(ロテル・ド・ラ・クレープ)」を閉めたのは、今年7月24日のこと。ダニーのクレープを名残惜しんで、わざわざバカンスを2週間早めてブルターニュ入りした、パリからの常連客もいたといいます。店内のリーヴル・ドール(お客様からひとこと書いていただく本)には、「ダニーが日本に去り、後には、腹ペコの私達が残された。」という寄せ書きが残されていました。

では、なぜ「Guide du routard (ギッド・デュ・ルタール)北ブルターニュ 2008年版 」に掲載されるほどの人気店だったレストランを閉めて、日本に来ようと思ったのでしょうか?

ことの初めは、ダニーが、今年3月に何気なく見ていたインターネットのクレープ関連サイトでした。その時「クレープ・レストランをオープンするため、フランス人のクレープ職人を募集します。」という東京在住のフランス人グループから出された求人広告が目に留まりました。日本はおろか、アジアにも旅行したことがなかったダニーでしたが、「ガレットと同じように、そば粉を使った料理があるということ」また「日本料理の繊細さ」や「日本人の食に対する関心の高さ」についてはフランスでも話題になっていたので、日本は以前からとても気になる国ではありました。
さっそく応募し、広告主のフランス人グループと何度もTV電話で話すうちに、彼らの「手軽だけれどクォリティーの高いフランス料理」と「リーズナブルで美味しいワイン」の両方を一度に提供できる店を作りたい、という夢と情熱に次第に魅かれていくようになります。
並み居る若手フランス人クレープ職人を押しのけて、ダニーに白羽の矢が立ったのは、今年の7月上旬のこと。チャレンジ精神旺盛なダニーの性格を知っているイレーヌ夫人と5人のお嬢さんに背中を押され、それから一ヶ月もしないうちに、単身で成田空港に降り立っていました。

「先入観を持たずに、未知の世界に飛び込むのが好き」という好奇心と冒険心の強さは、いつでもダニーの人生を思わぬ方向へと導いてきました。パリのレストランの総支配人として飲食業界におけるキャリアをスタートさせましたが、45歳の時に、興味のあったクレープ作りを本格的に勉強しようと、ブルターニュの職業訓練学校に入学します。
「ブルターニュ地方認定クレープ職人」の資格を得て、1999年からブルターニュのラニオン市の中央市場でクレープのスタンドを出し始めたところ、ダニーのオリジナリティーに溢れたクレープが評判を呼び、常連客が増えていきました。一念発起したダニーは、結婚式やパーティーへのクレープのケータリングをビジネスとしてスタートさせましたが、すぐに地元のキャンプ場、スポーツ・イベント、コンサート会場でも引っ張りだこになりました。そして、2006年、イレーヌ夫人と共に、念願だったクレープ・レストランをブルターニュのロンヴレック市にオープンし、「オテル・ド・ラ・クレープ」と名付けました。ブルターニュの伝統的な製法で作るクレープ・ガレットながらも、既存のレセピに囚われない、食材の組み合わせの妙や、遊び心に富んだ飾り付けのオリジナル・メニューが評判を呼び、2008年には「Guide du routard ギッド・デュ・ルタール 北ブルターニュ版」にも掲載されました。

どうかこれから末長く、ダニーと、彼のガレット・クレープを応援して下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。

ル・モンサンミシェル