ル・モンサンミシェル

大天使ミカエルの山:西洋の驚異
「西洋の驚異」と称されるモンサンミシェルは、フランス北西の海岸から約1キロ離れた小島の上にあります。この島は、広大なサン・マロ湾上にあり、ここは、ヨーロッパでも潮の干満の差が最も激しい場所として知られます。島の住人は50人ほどです。
この島は元来、先住民のケルト人が信仰する聖地でした。しかし、アヴランシュの司教オベールが、708年10月16日に夢の中で、大天使ミカエル(「天使の軍団長」)からお告げを受けたことから、大天使を奉る聖堂の建設が始まりました。966年にはノルマンディー公リチャード一世の要請を受けてベネディクト修道会の修道僧が岩山のうえに居を構えるようになり、1000年頃には、前ロマネスク様式の教会が建設されました。
11世紀には、いくつもの聖堂地下室を土台に抱える、ロマネスク様式の修道院と教会堂が岩山の頂上に建てられました。最初の修道院は、岩山の北壁にそそり立つように建設されました。
13世紀には、フランス王フィリップ・オーギュストゥスがノルマンディー征服の後に施した寄付により、修道院のゴシック様式部分である「メルヴェイユ(驚異)の棟」の建築が始まりました。3階建ての建物を2棟、傾斜した岩の上に建て、最上階には列中廊と食堂があるという、高度な技術に支えられたものです。
14世紀、英国との100年戦争(1337~1475年)で、モンサンミシェルの修道院建築を取り囲むように、防壁や要塞などの軍事施設が建設されました。堅固な建築のお蔭で、30年もの間、英国からの攻撃を完璧に防御したのです。
1421年に崩壊したロマネスク様式の修道院付属の教会は、100年戦争の後にフランボワイアン・ゴシック様式で再建されました。
中世になると、ローマ法王の奨励と、サン・ジャック・ド・コンポステル(フスペイン)への巡礼ブームにより、モンサンミシェルは、精神的または知的拠り所として、カトリック教徒にとって重要な巡礼地となりました。現在にいたるまで、1000年以上にわたり、「天国へと続く道」と呼ばれるルートを通って、精神の永遠の安らぎを得るべく、老若男女が巡礼に訪れているのです。その信仰の先には、「最後の審判(死者の魂を秤にかけて天国行きか地獄行きかを決める)」を下す大天使ミカエルの像が待っているのです。
フランス革命による修道院の解散から、それに続くフランス第二帝政時代(1852~の1870年)まで、修道院は監獄として使用されました。そして、1874年、歴史建造物に指定されると、大がかりな修復工事が始められました。
最初に修道院が開かれてから1000年が経ったことを記念して、1966年、モンサンミシェルに、本来の機能である、祈りの場としての修道院を復活させようという動きが起こりました。2001年からは「エルサレムの友愛修道院」の修道士と修道女が修道院に居住するようになりました。
モンサンミシェルは、修道院の増改築を繰り返しながら現在の姿になりましたが、村の発展の歴史についても触れておきましょう。10世紀にベネディクト修道僧が居住するようになる一方で、山の下方に向かって村が広がっていきました。100年戦争の時代に築かれた軍事要塞の壁に囲まれるようにして、村は中世以降、岩山の南東部にも発展しました。村は、島の生活を支えるために重要な役割を担ってきたのです。
1979年モンサンミシェルはユネスコの「世界遺産」に登録されました。現在、フランス第二の観光のメッカとして、年間300万人の来場者を集めています。
